新座市を含めて全国で多くの自治体が多額の負債を抱えている。
新座市も約750億円の負債がある。
これがある為に必要な行政サービスが出来ない状況にある。要するにサービスの低下である。
これが私企業ならば直ちに倒産と言うことになる。
また負債があるからといってサービス低下をしないで生き残る企業もある。この場合負債の処理はサービスを受ける側でなく、サービスを提供する側が負っている。要するに社員の給与のダウンである。
行政に目を向けると、赤字あるいは負債が多い場合、この負債等の処理は一般市民が負うとされる。
赤字を負債を作ったのは行政サービスを受ける側の市民が原因という理論である。一般市民も何となく納得している。
しかしよく考えてみると、一般市民は税金という形で料金を支払い行政サービスを受けている。
行政は市民から税金と言う形でサービス提供料金を受け取っている。
サービスの内容が議員選挙という形でサービスを受ける側(市民)の意見が出され、それに従って役所はサービス提供を行う。この点をもって行政の負債は市民が負うべき、となっていると私は理解している。
しかしサービス提供者は行政である。市民がサービスを提供される(要求する)場合、当然最良のサービス提供を要求する。それに答えるために行政職員は懸命に知恵を絞るのだが、結果として赤字となることがあり、これが積み重なって大きな負債となる。この場合本当に市民が悪いのであろうか。
職員は議員の要求に従って過大なサービス提供計画を立てたのではないだろうか。
もし一般企業が過大なサービス提供を行いその事業が赤字となった場合責任を取るのはその事業を推進した社員である。
この様に企業と比較しながら考えると赤字事業の一義的な責任はその事業を進めた役所の職員と言うことになる。この様な制度を行政内に確立すれば、たとえ議員が権力を持って過大なサービス提供を要求したとしても職員は予算の範囲内で出来るサービス提供計画しか作らなくなる。結果として赤字・負債が出ないことになる。より多くのサービス提供を望むならば、より多くの代金(税金)を支払わなくてはいけない。
では現在ある負債の処理はどうすべきか。
私は 市職員が収入に見合った事業計画を立てなかった責任を問いたい。
新座市の職員は現在約850名。年間平均給与は約800万円。
負債750億円を職員が責任を持って負担してもらう。
平均一人当たり880万円。これを勤務年数約38年間(大学卒22歳で入所、60歳で定年と仮定して)をかけて負担。一年間一人当たり平均23万円。月にして2万円のダウンである。年間給与の約3%である。全職員の給与を3%ダウンすれば38年後には750億円の負債は無くなるといった単純な理屈である。
給与ダウンして捻出した金額は毎年負債の返却に当てることは当然である。人件費減少分であるから予算化も非常に無理がないと思っている。
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